鳥取地方裁判所 昭和33年(わ)77号 判決 1959年6月22日
被告人 辻中敏則
昭三・六・一四生 無職
主文
被告人を死刑に処する。
押収してある斧一丁(証第二号)はこれを没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、幼時に兄を亡くし、その後父正温にも先立たれ、事実上長男として母里を助けて農業に励む傍ら大工仕事に従事して一家の生計を立てていたが、昭和二八年二月鳥取市古郡家一七三番地農業雨川長太郎、同伊勢の三女藤枝(昭和五年一一月八日生)と見合結婚し、その後長女温子をもうけたが、藤枝が期待に反して農業に不慣れのため、被告人の家族との仲が必ずしもしつくり行かず、かねてよりこれを苦にしていたところ、昭和三〇年五月頃藤枝が温子を連れて実家長太郎方に身を寄せたまま半年余も帰らないので、思い余つて、鳥取家庭裁判所に対し夫婦同居の調停の申立をしたことさえあつた。ところで、被告人は、その後鳥取市内の靴店の外交員などもしてみたものの思はしくなく、加えて、藤枝が農業に親しまないところから一畝余の畑のみ残し二反余の自作田を全て売却して数十万円の資金を作り、これをもとでに昭和三二年二月中頃より鳥取県岩美郡国府町大字宮下二三二番地の自宅において靴修理販売業を始め、一方、藤枝も鳥取市内で数ヶ月の間職に就いて家計を助けたりしたが、その後靴の月賦代金の集金が思うにまかせないばかりか、同年末には問屋への支払にも事欠き、生活が極度に苦しくなつて来たため質屋通いを続けて急場を凌ぎ、殊に、昭和三三年三月頃からは飯米も一升買しなければならぬはめとなつた。
そこで被告人は、止むなく同年四月五日頃から藤枝を同市内の飲食店「仙八」に通い女給として働かさねばならぬこととなつたが、同女を水商売に就かせるについては世間態もあるので長太郎等には内密にして、毎夜同女を迎えに通ううち、客席に侍つて酌をする同女の姿を見るにつけ何かと不満に感じ、飲酒を重ねる日が続いたが、程なく長太郎等の知るとことろとなつたので、同月一四日頃の夜同女を辞めさせることにして連れ立つて帰宅途中、不図したことから同女の姿を見失つたが、同女がこれを機にかねてより被告人の粗暴な態度を恐れ、かつ、日頃の生活の不如意から被告人の将来に見切りをつけ、被告人と離別しようと考えるようになり、翌一五日頃からは長太郎の取り計らいで同市内の知人宅に身を隠すに至つたため、その後被告人は同女の所在を求めて同市内を探し歩いたが徒労に帰し、思案の末警察署に同女の保護願を出す傍ら、同月一六日頃長太郎方を訪ねたところ、同人の長女雨川幸子の夫長蔵から「何をばたばた賑やかして廻つているのだ。」等と嘲笑され、その間長太郎からは屡々「藤枝とは会はせない。別れさせる。」等と言はれたことから、長太郎夫婦と長蔵夫婦とが申し合はせて藤枝を他にかくまつているものと邪推し深く右四名を恨むに至り、一時は前途を悲観して自暴自棄となり自殺を思い立ち同月二〇日頃温子を連れて上京したが果さず、同月二三日自宅に戻る列車内で思案の末今一度長太郎に藤枝の帰宅方を懇願し、若し同人等に拒絶された暁は一挙に長太郎等前記四名を殺害して恨みを晴らしたうえ自殺しようと意を決して帰宅した。ところが、偶々翌二四日午前一一時頃被告人方を訪れた長太郎に対し、被告人は、再三藤枝を帰宅させてくれるよう嘆願したが「お前は先の見込みがないから藤枝とは別れさせる。温子も引き取つて育てる。」等と峻拒されるに及んで、最後の望みも絶たれたため、ここにかねて決意した通り前記長太郎等四名を殺害したうえ自殺しようと深く心に決するに至つた。
かくして、被告人は、同日午後一一時四〇分頃斧一丁(証第二号)を携えて前記長太郎方に赴き、かねてより勝手を知つている同家炊事場において用心のため重ねて出刃庖丁一丁(証第一号)を腰に差し、斧を右手に携えて板間に上り欄間造りの八畳余の部屋を斜めに横切り奥離れ四畳半の間に至り、所携のマッチで障子の破れ紙に点火して所在を確めたうえ、同所に就寝中の長蔵(当時四二年)、幸子(当時三四年)の顔面を順次右斧をもつて各三、四回めつた切りにし、直ちに長太郎(当時五八年)、及び伊勢(当時五三年)が床に就いている前記欄間造りの八畳余の部屋に引き返し、同じくマッチをすつてその所在を確めたうえ、先ず、伊勢の顔面に同じく斧で一回切りつけ、次いで、物音に驚いて起き上つた長太郎の顔面等に数回切りつけたが、表側奥六畳の間に就寝中の長太郎の父良造等に騒ぎたてられたため逮捕されることを恐れてその場を立去つたが、長蔵に対しては顔面割創に基く脳挫創、脳震盪及び外傷性失血により翌二五日午前二時に、幸子に対しては顔面割創に基く脳割截、脳挫滅及び外傷性失血により同日午後二時一五分にそれぞれ鳥取市吉万二六五番地鳥取県立中央病院において死亡するに至らせて殺害の目的を遂げたが、伊勢に対しては治療日数一ヶ年以上を要する脳一部脱出、頭蓋開放性骨折を伴う顔面割創を、長太郎に対しては治療日数六ヶ月以上を要する頭部顔面割創、左大腿部切挫創、背部、左手関節部挫創の各重傷を与えたに止まり殺害するに至らなかつた。
(証拠の標目)(略)
(刑事訴訟法第三三五条第二項の主張に対する判断)
弁護人は、被告人が本件犯行当時飲酒酩酊により心神耗弱の状態にあつた旨主張するように見受けられるけれども、前掲各証拠を総合判断すれば、被告人において本件犯行当時心神粍弱の状態にあつたとは到底認めることはできないので、弁護人の右主張は採用の限りでない。
(法令の適用)
法律に照すと、被告人の判示所為中、各尊属殺人未遂の点はそれぞれ刑法第二〇三条、第二〇〇条に各殺人の点はそれぞれ同法第一九九条に該当するので、所定刑中前者については各無期懲役を、後者については各死刑を選択し、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第一〇条に則り犯情の重い雨川長蔵に対する殺人罪の刑に従い、被告人を死刑に処することとし、同法第四六条第一項本文に従い他の刑を科せず、没収につき同法第四六条第一項但書、第一九条第一項第二号、第二項を、訴訟費用の免除につき刑事訴訟法第一八一条第一項但書を各適用して、主文の通り判決する。
(裁判官 谷口武 深谷真也 白石嘉孝)